漁火を見ている

突然だが、私は正門良規くんの(ど新規)ファンである。

 

実のところ、この記事では関西Jr.の中でも大の仲良しコンビ、西畑くんと正門くん2人の日誌(ジャニーズwebにて掲載中)や正門くんにハマったきっかけについて、初っ端から熱っぽく語る予定だった。

だったのだが、ひとまずそれをメインに話を進めることは一旦置こうと思う。(でも未読の方はこのようなオタクのブログよりそっちを先に読んでほしい)

 

というのは、関西ジャニーズJr.Xmasコンサート・12/10夜公演後の現在、twitter上で西畑くんについて少し気になるレポを見つけたからだ。

 

大前提として私はコンサート(俗にいう現場)にあまり足を運ばない。そもそもがつい2年ほど前までどっぷりの漫画オタクだった為、家に引きこもって自分の解釈ネチネチと捏ねて独りで満足をする人間だった。

 

無責任な話ではあるが、このブログに出てくるエピソードは、私が実際に見たり聞いたりしたものではない。

その場での言動のニュアンスや空気感などもわからないままアイドルの人格を想像し、勝手に共感したり色々好き勝手な事を言うだけの、起承転結も脈絡もない、一介のオタクの妄言であることをご承知のうえでお付き合いいただけると幸いである。

 

随分と前置きが長くなってしまったが、今回はテーマを"西畑大吾くん、寂しさの運転スキルヘッタクソ!"という事を軸に、西畑くんと正門くんの関係について少し考えてみたことについて書いていきたい。

 

ディスではない。

 

冒頭でも主張したように、私は正門良規くんのファンである。なので必然的に大の仲良しである西畑くんとのエピソードがガンガン入ってくる。

西畑くんが突然呼びつけても二つ返事でOK。

西畑くんがその約束の時間に遅れても「しゃあないなあ」。

西畑くんの理不尽な暴言、要求にも優しく応じ、ツッコみを入れる。

それに対しての正門くんはと言うと、

 

「大吾はホンマ俺のこと好きやからなあ(小ボケ)(ニュアンス)」

 

ふ〜〜ん、あっそ!!!!!!!!

 

もっと具体的にエピソードをあげ始めるときりがない程なのだけれど、つまり何が言いたいのかというと、西畑くんの愛情表現はかなりスパイシーであるという事・そして正門くんがそれを嫌がっていないという事の、ぱっと見の異常さだ。

この記事を読んでいる方では彼らの関係性についてはご存知の場合が多いと思うので、今回は西畑くんによってパッケージングされた「愛故に正門をボッコボコにする俺」という事についてはそのままの意味では言及しない。してやらねえ!!(クソオタク)

 

私は前述したようなエピソードから西畑くんは、「愛故に」というより、「ここまでやっても大丈夫」という力加減を手探りしているように感じている。

正門くんはそれを全て受け入れてくれる。だから西畑くんはもっと安心したくてまた正門くんで測る。人間との距離の掴み方を。力の加減を。

では何故、正門くんもそんな西畑くんを許し、受け入れるのか。

きっと、正門くんも嬉しいんじゃないのだろうか。普段はすましてなんでもそつなくこなしてしまう西畑くんが、そんなように、まるで赤ちゃんのように自分に全ての信頼を預けて恐る恐る小突いてくる事が。

「ええよ」って言った時の、嬉しそうな西畑くんを見ると、正門くんもきっと嬉しいのだ。これは邪推かも知れないけれど、西畑くんを受け入れるということは、自分が必要とされているという事実を肯定する事にもなると考えているかもしれない。

 

西畑くんと正門くんの世界はなんだか二人ぼっちで、優しい。

 

西畑くんは恐らく、かなり寂しがり屋である。

それでいて寂しさという感情のコントロールが下手くそだ。

ここで記事の序盤に書いた『西畑くんについて少し気になったレポ』についてやっと話をしたいと思う。

 

それは、『向井くんが、大橋くんと正門くんを誘って映画に行き、それに関して自分だけ誘われていないと感じた西畑くんが本人曰く「ちょっぴりイタズラ」くらいのノリで向井くんにしかけたドッキリ』についてである。

偶然にも映画館で正門くんを見つけた西畑くんは、3人連れである事を知り、正門くんに「大吾めちゃくちゃ怒ってたで」という旨を向井くんに伝えさせ、そのドッキリはスタートする。

向井くんはおどけながら西畑くんに謝った(優しいね…)らしいのだが、西畑くん舌打ちせんばかりの勢いで静かにマジギレ(の演技)。

しかも向井くんは西畑くんが忙しいだったか疲れているだったかを気づかって誘わなかっただけらしい。(や、優しい…)

結局そのドッキリは、再び伝書鳩・正門くんによって、室くんの楽屋に逃げ込んだ向井くんへ伝えられた「ドッキリ大成功ゥ〜…(弱々しい)」で幕を閉じた。

 

客観的に見て、これはかわいらしい仕返しやイタズラの域ではない。

今回私はドッキリの内容やモラルがどうこうについてはひとまず置いておき、『何故こんなドッキリをしたのか』という事について考えたい。

 

恐らく西畑くんは寂しかったのだ。それもハチャメチャに寂しかったのである。

わ、わかる〜〜〜〜。

この『友達がそんなハブみたいなことするわけないってちょっと考えればわかることなんだけど、自分が誘われなかった事に理由があるんじゃないかむちゃくちゃ不安でむちゃくちゃ寂しい』感、わかる〜〜〜〜。

 

しかし「だからやってもしょうがないよね。」という事が言いたいというわけでもない。

本当にヘッタクソなのだ。「なんで誘ってくれなかったの〜!?寂しいんですけど!!」が言えない。

それはプライドや、「もしかして本当に嫌われていて誘われなかったのでは」という不安や、色んな感情がごちゃ混ぜになって、収拾がつかなくなった結果の暴走なのだと感じた。

俗に言えば拗らせている。西畑大吾、めちゃくちゃ拗らせている。

大西流星くんを物理的にペロッペロかわいがったり、かと思えば悪戯に突き放してみたり、今回のようなドッキリ(?)を仕掛けてみたり、とにかく、『西畑大吾、本当に好きな人との距離の測り方ド下手問題』である。

 

西畑くんの突き放し方は、ただ単純な「お前なんかあっちへ行け!」ではなく、「ほうら、こんな事までされちゃあ、お前も俺から離れていくんだろう?さあ行ってみろよ!」とでも言わんばかりである。

もしかしたら、「ありのままの自分が嫌われるくらいなら、自分で原因を作ってしまった方が楽だ」と、無意識に思っているのかも知れない。だとしたら、それって本当にかなり寂しくて、自分で自分を擦り減らしている。

 

そんな西畑くんが、自分の日誌まるまる全て使って正門くんに宛てた文章がある。

少し省きながらになるが、内容はこうだ。

 

自分がこの先の人生についての進路に悩んでいる時に一番力になってくれたのは正門良規である。同い年で同期の正門自身も悩んでいたはずなのに。その事にどれだけ救われたことか。

結果、自分はこの先もアイドルであることを決めた。正門もそう決めた。

その事が良かったのかどうかはわからない。でも今までよりいっそう頑張ろうと決めた。

それからは正門に心を曝け出し、傍若無人に見える程の扱いをしている。

それでも彼は優しい。心配になるほどに優しい。

こんな自分を怒ってくれてもいいのに。自分は正門に甘え過ぎている。

それでも、今自分が頑張れているのは正門のおかげである。仕事が決まれば一番に喜んでくれる。

これまで彼にしてもらったことは、一生かかっても返せない。

だから自分はどんな事があろうと彼の味方でいたい。

それが自分に出来る唯一のことなのではないか。

出会えて良かった。これから彼と見る景色は無限に広がっている。それを見るのが楽しみで仕方がない。

これから先も迷惑をかけると思うけれど、今後もよろしく。

 

 

これを書いた時、西畑くんはどんな気持ちだったのだろう。私はこれが西畑くんの心からの正門くんへの感謝と信頼だと感じ、不安は一切感じなかった。

私も、西畑くんが正門くんに出会えて良かったと思う。「出会えて良かった。」と言い切れる存在に出会えたことが、それを一切の恐れも曇りもなく、伝えられる存在がいることが心から素晴らしいことだと思う。

そしてその素晴らしい感情に水を差すような無粋な話も少ししたい。

それは「だから自分はどんな事があっても彼の味方でいたい」という発言と、この日誌まるまるつかったブログ自体についてである。

この発言およびブログは、「私、西畑大吾は、"西畑大吾"を正門良規の為に使うことに躊躇がない」という宣言とも感じた。

ジャニーズJr.、特に関西Jr.は、ひとりひとりに与えられる全国への発信のチャンスが少ない。

西畑くんはそのチャンスの1つである、ジャニーズwebの日誌を、それを読む自分のファンに対して正門くんをダイマする為に使ったのだ。

それはJr.活動という危うい生き方(完全に主観)をするうえでかなり凄まじいものなのではないだろうか。

これは西畑くんのわがままであり、正門くんとの終わらない夢の景色を見続けるための、恐ろしく強い覚悟だ。

不器用な西畑くんの、このかなり切実で、かなり乱暴な「俺を生かした正門を生かせ!俺たちを死ぬまで生かせ!」という尊いわがままを何があっても通したいと思わないファンがいるだろうか?

これは西畑くんが私達へ持ちかけた祭りである。

 

その御輿を担ぎに行くため、引き篭もりのオタクは明日、松竹座へ足を運ぶ。